翔君と一緒にいると時々顔を出すモヤモヤに気付いて、
翔君といると、さらに笑えなくなった。
「大野君、どうする?俺、蕎麦。」
翔君がキラッキラの笑顔で笑う。
「あ、俺、てんぷら定食。」
本当は蕎麦くらいでよかったのに、翔君と同じのにしたくなくて……。
……子供っぽいのはわかってる。
「そんなにお腹空いてる?さっき弁当食べたばっかじゃん。」
翔君がふふっと笑う。
「す、空いてんだよ。」
翔君が眩しくて、翔君に背を向け、頬杖をつく。
それでも翔君が笑ってるのがわかって……。
モヤモヤが顔を出そうとしたのを、無理やり押し返す。
「大野君、舞台、始まるんでしょ?」
「ぅん、まぁ……。」
最近売り出し中の劇団の舞台に出ることになった。
若い劇団が求めてるのは新しい客。
舞台なんか見たことない人達にも、舞台の面白さを伝えたい。
その為においらを呼んでも無駄なのに。
おいらじゃ、きっと役に立たない。
翔君とかなら、きっと……。
でも、舞台はやりたかったし、社長の意向は絶対で。
テレビを避けたかったおいらにはちょうどいい。
舞台が始まれば、忙しくなる。
翔君との仕事も減る。
おいらにとっても好都合だと、自分を奮い立たせて仕事を受けた。
「頑張ってね。俺も楽しみ。」
翔君の声は優しい。
いつでも……。
それにさえイライラするのは、きっとおいらが悪いんだ。
「ん。」
小さく答えて、机の端の傷をポリポリとひっかいた。
剥き出しの木の切れ目から、棘が爪の間に刺さる。
「痛っ。」
本当に小さな声だったのに、気付いた翔君が近寄って来る。
「どうしたの?」
「だ、大丈夫。」
「大丈夫じゃないでしょ?見せて。」
「いいから!」
優しい翔君を両手で振り払う。
ああ、ダメだ。
翔君といると、おいらがどんどん嫌な奴になる。
こんなおいらを見せたくなくて、
この間の翔君みたいに机に突っ伏して、寝たふりを決め込む。
おいらの様子を遠巻きに見ていた翔君だけど、寝たと思ったのか、
静かな足音が遠のいて行く。
ピタッと右の方で立ち止まって、しばらく動かない。
何してんだろ……。
気になったけど、寝たふりしたせいで、そっちを見ることもできない。
もう少ししたら、顔の向きを変えよう。
そう思って様子を窺(うかが)っていたら、背中がフワッと温かくなる。
この間のおいらみたく、翔君も背中に何か掛けてくれた……?
翔君の……上着……?
少しだけ目を開けると、目の前にコートの襟が見える。
背中はとってもあったかくて、翔君の優しい匂いがした。
「お疲れさま~。」
「お疲れさま~。」
グラスを合わせて、ビールを煽る。
最初こそ観客も少なかったが、舞台は徐々に盛り上がって、
劇団のみんなとも打ち解けられるようになった。
余計なことを考えず、ただ舞台のことだけに集中できたのは、
おいらにとってもよかったのかもしれない。
ひたすら体を動かして役になりきれば、翔君のことを忘れていられる。
心の中のモヤモヤも……。
「いやぁ、大野君がこんなにやるとは思わなかった。」
一緒に舞台に立った劇団の人がおいらの肩を叩く。
おいらはこそばゆくてモジモジ笑う。
「正直さ、アイドルに芝居なんてできんの?って思ってた。
でも、大野君はさ、そんなちっぽけな俺の考えを覆してくれた。
ありがとう!」
だいぶ酒の入った劇団の人は、大きな声と赤い顔で、
おいらの手を握って、ブンブン振り続ける。
「やめなさいよ。ほら、大野君だって迷惑そう。」
「そんなことないよな?」
褒められて嬉しかったおいらは、小さくうなずいて、にっこり笑う。
気を良くした劇団の人が、どんどんおいらのグラスに酒を注ぐ。
「ま、ま、今日は飲も。飲も~っ!」
乾杯すると、みんな一斉に半分ぐらい飲み干す。
それを何度も繰り返し……。
何度目の乾杯か……。
舞台が終わった達成感と、褒められた嬉しさとアルコールの力で……。
本当にビールが美味しくて……。
すっかりモヤモヤしたものを忘れていた。
「ん、ん~。」
うすぼんやりと目を開ける。
霞む視界に映るのは……白い天井……?
どう見てもここは居酒屋じゃない。
動こうとしたら、頭がズキッと痛んだ。
ここは……?
「あ、起きた?」
この声……。
体を起こそうとして、ガンガンする頭に死にそうになる。
気持ちも悪い……。
「んっ……。」
思わず胸を押さえる。
「水……。」
翔君に背中を支えられながら、ペットボトルを渡される。
「グラスの方がいい?」
「だいじょ…ぶ……。」
蓋を外されたペットボトルから、水を一気に流し込む。
早くアルコール、薄めないと……。
これ以上、醜態をさらしたくない。
ゴクゴク水を飲むおいらを見て、翔君が嬉しそうに笑った。
コメント